2020年初頭に始まったコロナ禍により、社内報制作の現場にも多大な影響が及んでいます。当初の「取材や撮影ができない」「企画が成り立たない」といった困難を乗り越えて、ニューノーマルな社内報制作に取り組む企業も多いことでしょう。それらの企業を代表して、鹿島建設株式会社と株式会社ワコールホールディングスの社内報制作ご担当者に、「withコロナの1年で社内報の作り方はどう変わったのか?」をテーマに語り合っていただきました。
【対談者】
鹿島建設株式会社
広報室 月報グループ長
高橋 智也 氏
鹿島建設株式会社 広報室月報グループ長
1998年入社。東北支店、関東支店で現業部門を経験し、2013年10月より東北支店管理部現業グループ長(青森地区)。2019年5月に広報室に異動し、同年10月より現職。広報誌『KAJIMA』編集長
株式会社ワコールホールディングス
コーポレートコミュニケーション部 社内広報担当
谷垣 裕子 氏
2008年に株式会社ワコール入社。百貨店営業を3年担当した後、ワコールブランドの販売促進課にてTVCMなどの販促プロモーションを担当。2015年9月より株式会社ワコールホールディングスへ出向し現部署へ。インターナルコミュニケーション業務全般を担当
[ファシリテーター]
ウィズワークス株式会社 社内報総合研究所 所長
浪木 克文
社内報の歴史や現在に至る背景
浪木 弊社主催の「社内報アワード」で多くの受賞歴を誇る2社の社内報ご担当者をお招きしてお届けする今回の対談。まず、自社の社内報についてご紹介いただけますでしょうか。
高橋 鹿島建設の社内報は1959年11月に『鹿島建設月報』として創刊され、「月報」という名前の通り、現在まで60年間毎月欠かさず発行を続けてきました。そのルーツは明治時代に発行された『鹿島組月報』で、日本で最も古い社内報の一つと言われています。『鹿島建設月報』は1991年に『KAJIMA』と名称を変更し、現在に至ります。
大きな特徴としては、社外に配布できる社内報という位置づけである点です。鹿島にしかできない、社外に誇れることを掲載して、社内コミュニケーションや社員のモチベーション向上につなげる目的を持っています。毎月発行する約3万部のうち約2万部は得意先、官公庁、自治体、学校などに配布しています。毎月月報編集会議を実施して、担当者が集まって3カ月先の特集の企画内容について議論しています。企画取材、記事の選定、執筆、写真撮影は基本的に内製しています。
谷垣 ワコールは売上げの80%を女性用インナーウエアが占め、その研究・開発・製造から販売までを行う、グローバルな製造小売カンパニーです。社内報の発行目的は、ワコールの持続的な成長の実現のために、子会社58社、関連会社7社で構成されるグループ全体の一体感の醸成をすることです。社内広報は、紙の社内報『知己』の発行、社内報アプリでの発信、参加型コミュニケーション活動という3つを柱に展開しています。
『知己』は創刊が1957年1月で、創刊から長い間、月刊でしたが、2006年からは隔月刊、そして今年4月に社内報アプリを導入したこともあり、現在は年4回の発行となっています。発行部数は約7,000部です。テレワークやリモート会議が増えてなかなか情報が行きわたらない中、社内報アプリを導入したことで、社内コミュニケーションの活性化が徐々に進んでいます。
コロナ禍で、社内報の目標や目的の設計は変化した?
浪木 本日は3つのテーマを用意しました。一つ目は、「コロナ以前とコロナ禍で、社内報を通じて伝えたいことや社内報の目標や目的の設計は、どう変わったか」です。
高橋 『KAJIMA』では、編集の軸自体は変わっていませんし、社内報の位置づけや編集方針も変化はありません。一方で、伝えたい内容に関しては、コロナ禍によって当社がどのような影響を受け、また、どんな事業活動に取り組んでいるかに力点を置くようになりました。もう一つの大きな方向転換が、取材ができなくなることを想定した編集期間の前倒しです。突発的なことが起きて掲載NGや延期といった不測の事態に備えるために、企画・取材・執筆という一連の編集体制を、従来は3カ月先を見据えて構築していたところを6カ月先と変更しました。先々の号まで掲載企画を準備しておくことで、いざというときの選択肢を増やし、掲載記事の候補を検討する。この体制により、何が起きても慌てずに対応できるようになりました。参考として、コロナ禍当初の企画と、半年ほど経過した頃、そして現在の企画をご紹介します。
コロナ禍当初の企画
緊急事態宣言により現場取材ができなかったため、社内確認のみで済む取材不要の企画を掲載。また解除後に向けて取材時期の調整を行っていた。解除直後は、取材前に検査キットで陰性確認をした。
半年ほど経過した頃の企画
感染対策へのノウハウが蓄積された時期で、オンライン取材やコロナ禍での取り組みを織り交ぜた企画を掲載。
現在の企画
引き続き海外取材は控え、オンライン取材を活用しながらコロナ以前の状況に近いかたちで取材し掲載するケースも増加。
浪木 この対談はオンラインで配信していますが、ここで視聴者からの質問です。「3カ月から6カ月へのスケジュール変更で、企画や情報に新鮮さを欠いている、という声はありませんか」。この質問、いかがですか。
高橋 記事の鮮度は常に課題ですね。速報性も大事にしつつ、それほど急を要さないものとうまくミックスさせながら、冊子全体の構成や企画を考えるようにしています。
谷垣 コロナ禍でオンライン取材が増えましたよね。オンライン取材のメリットやデメリットについては、どのように感じていらっしゃいますか?
高橋 メリットは、取材の日程調整がしやすい点です。デメリットは、取材対象者との関係構築がしにくいこと、画面越しだと話が広がりづらいために想定以上の内容を引き出すのが難しく、臨場感に欠けることなどがありますね。
浪木 谷垣さんは、コロナ前後での変化をどう感じていらっしゃいますか?
谷垣 当社もコロナ前後で、社内報の発行目的や編集方針自体は変わっていません。ただ、社内広報全体で考えると、テレワーク推進にともない社内情報や成功事例の共有が困難になっており、特に部門を越えた情報共有や連携が不足していると感じています。情報も一方通行となり、従業員数の大半を占める店頭販売員の帰属意識の低下という点も課題です。こういう状況だからこそ、社内コミュニケーションを活性化させ、経営陣の声を適切に伝えてグループ全体の一体感を醸成しなければと考えて、社内広報の施策を改革しているところです。まず社内広報ツールとしては、紙媒体とアプリの役割を明確にしました。紙の社内報は手元に届くものだからこそ、しっかり読み込んでもらえる内容、例えば経営方針をわかりやすく噛み砕いて伝える。アプリは成功事例やイベント報告に加え、部門紹介などをタイムリーに発信するなど、従業員同士のコミュニケーション活性化を図るという位置づけにしました。私からも、コロナ禍当初から現在の企画をご紹介します。
コロナ禍当初の企画
アフターコロナとなったとき、従業員がどう変化し、乗り越えていかなければならないかを、『知己』を通して伝えようとした。このほか、コロナ禍で経営陣が発するメッセージに関する記事も掲載。
半年ほど経過した頃の企画
コロナ禍当初の経営陣のメッセージの中で、「変化への対応」「顧客起点」というワードが多く出てきていたことから、その2点にフォーカスした企画を考えた。
現在の企画
従業員一人ひとりが今後どのような行動をとり、その結果、会社がどう成長していくのかを理解してもらう企画。
コロナがいつまで続くかわかりませんが、従業員の不安な気持ちを汲み取りながら、会社の方針をわかりやすく伝えていく媒体を、今後も作っていきたいと考えています。
浪木 顧客起点の話も面白かったですが、驚いたのは「知己会議」。社内報の役割を議題に部門長が会議をするというのは、なかなかすごいことです。
高橋 紙の社内報の制作に加えて、アプリの記事を週に2回更新するそうですね。それはかなり大変なんじゃないかと思いますが、更新継続のための工夫はありますか? 情報収集という点で各部署から十分な情報や掲載依頼などの援護射撃的なものがあったりするのでしょうか?
谷垣 4月から『知己』もアプリも、担当が2人から私1人になりました。週2回更新は厳しいですが、当部内の各担当者に原稿作成をお願いしたり、スケジュールを見える化して情報共有することで、なるべく穴があかないようにしています。情報収集は“足で稼ぐ”じゃないですが、基本的には聞きに行って、今であればオンラインもあるのであちこちにヒアリングして確認しています。上層部が社内広報への理解度が高いことにも助けられています。
コロナの状況を踏まえて、反響が大きかった事例
浪木 次のテーマは、「コロナの状況を踏まえて反響が大きかった事例」です。
谷垣 コロナが始まった当初に企画したもので反響が大きかったのは、なんといっても、先程【コロナ禍当初の企画】でご紹介したものです。掲載後の読者アンケートでは、「コロナによる世界の動きとワコールの対応が時系列になっていて、すごく分かりやすかった」「現状の経営状態や今後のやるべきことを再確認できた」といった反響がありました。また、「未曾有の危機を全員が力を合わせて乗り越えなければならない」「ワコールの一員として自分たちが何をしていかなきゃいけないのかを考えるきっかけになった」という声も多く、期待していた通りの反応が得られたと考えています。
また、顧客起点で考えるというところでは今回初めて、ワコールの製品を買ったことがない方や、ワコールから離反したお客様にフォーカスを当てて、その理由をチャットで伺った内容を記事にしました。実際にお客様の声を担当部門にもフィードバックしたところ、社内の担当する各部門からも大きな反響がありました。
高橋 実現のハードルが高い企画だったと思います。経営層の反応や協力体制はいかがでしたか?
谷垣 経営層が社内広報の重要性を理解しているため、協力体制は強いと思います。こういう企画をやりたいと社長に相談しに行くと、後押ししてくれることが多いです。
高橋 コロナの状況を踏まえて反響が大きかった事例について、今年3月号の特集をご紹介します。スーパーコンピュータ「富岳」を使ったプロジェクトに当社も参画していて、ぜひ掲載してほしいという相談が営業からありました。ウィルスの飛沫のシミュレーション映像をテレビなどでご覧になったことがある方は多いと思いますが、室内環境のシミュレーションに関する部分で、当社が技術協力しています。
全6ページの特集で、富岳を使ったシミュレーションの紹介と、新型コロナウイルス対策プロジェクトでリーダーを務める教授と当社の技術研究所 所長の対談、そして当社の感染対応技術の紹介をしています。対談のシナリオ作りや、内容を正確かつ客観的に伝えるよう、工夫を重ねました。
掲載後は、「富岳プロジェクトで当社が重要な役割を果たしていることを知った」「感染対策技術がわかりやすくまとまっていた」「顧客との間で話題になることが多かった」といった反響が寄せられ、改めて「実施してよかった」と思いました。鹿島グループが総力を結集して社会に貢献している事実を企画化し、社会に誇れる自社の取り組みを時流に合わせて掲載することで、社員の誇りやモチベーションアップにつなげることを強く意識して編集しました。そういう意味では、社内報の特集の軸をしっかりとらえ、編集方針を十分に満たす企画を実現できたと自負しています。
浪木 営業からの持ち込み企画ということから、「ここに載せてもらえれば社外へのブランディングが図れる」という、『KAJIMA』に対する信頼の厚さが伝わってきますね。
谷垣 シナリオづくりに工夫したとのことですが、具体的にはどのような……?
高橋 どうして建設会社の中で唯一鹿島が関わるようになったのかということや、プロジェクトとの具体的な関わりなど、社内報ならではの観点で、社員の理解を深めることができるように心がけました。
未来をどう予測して、どう備えていくか
浪木 最後のテーマは「近い将来、そして未来をどう予測して、どのように備えるか」です。社内報やインターナルコミュニケーションに関して、非常に幅広い問いかけとなりますが……。
高橋 コロナ禍の現在は、経営環境や就業条件が大きく変化するのに加えて、Face to Faceでのコミュニケーションが減少しています。それにより、インターナルコミュニケーションを非常に重視する会社が増える一方で、反対にそのコストが削減されるケースもあると考えています。そういった状況を考えると、私たちがやるべきことは、インターナルコミュニケーションをこれまで以上に活性化させて、社内報で会社の成長を後押しし続けることです。また、紙の社内報の長所(記録として残す役割)を追求すると同時に、Webの充実も図り、社外向けサイトのコンテンツ拡充に挑戦したいと思っています。さらには、情報共有と情報収集を強化するために、各部署や支店、現場との双方向のやりとりを一層推進していきたいですね。
谷垣 アプリなどのコミュニケーションツールが活性化される中で、紙媒体の良さも保ちつつ、変化に対応できる施策を考える必要があると思っています。たとえば出社する人が少なくなって、紙の『知己』を手にする機会が減るという課題があります。『知己』をPDFで見たいという声もありますが、紙同様に読んでもらえるのかという懸念もあり、効果的な対応策を見出していく必要があります。
また、従業員一人ひとりが情報を取りに行く姿勢が不足しているので、社内広報グループとしても、サステナビリティなど会社の大きな方向性を、しっかり従業員に伝えていく役割を果たしたいと考えています。エンゲージメントの強化に向けて、従業員同士のコミュニケーション活性化やイベント実施なども企画していくつもりです。
浪木 本日は貴重なお話をありがとうございました。
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