さまざまな企業のICに対する取り組みを深く聞き出す「深掘り! ICP* Session」。今回は企業風土も文化も異なる2社の経営統合によって誕生した株式会社UACJ様にご登場いただきます。
統合以来、経営陣からの信頼を得ながら多くのIC施策を手がけてきたICPの浅香さんは、互いの文化を融合して全従業員のエンゲージメントを高めようと着実に歩みを進めてきました。10周年を迎えた今も、築き上げたネットワークを駆使し、「誰ひとり取り残さない」ことを目標に、新たなICの未来に向かって走り続けています。
*ICP(Internal Communication Producerの略。社内報をはじめとしたインターナルコミュニケーション施策を担当する方)
【Close up ICP】
株式会社UACJ
新しい風土をつくる部
主査
浅香 梢さん
(あさか・こずえ/旧会社の住友軽金属工業で会長秘書を務めた後、統合を機にUACJ広報部門に異動。紙媒体の社内報制作に始まり、Web版や動画社内報、ラジオなど複合的なメディアでICを展開し、2022年4月より新しい風土をつくる部に赴任)
※現在は別部署に異動
【インタビュアー】
ヤフー株式会社
コーポレートコミュニケーション本部
コミュニケーション企画室 リーダー
髙橋 正興さん
(たかはし・まさおき/2014年からインターナルコミュニケーション担当として数々の大規模な社内イベントを実施。プロデューサー、ディレクター、シナリオライターの1人3役をこなす)
株式会社UACJ
事業内容:世界トップクラスのアルミニウム総合メーカー
創業:2013年10月1日
国内屈指の歴史と実績をもつアルミニウムメーカー、古河スカイ株式会社と住友軽金属工業 株式会社の経営統合によって発足。アルミニウム圧延品(板製品)の生産能力は年間100万トンを超え、世界でもトップクラスの規模を誇る。
従業員数:約2,900人(グループ全体従業員数:約9,700人)
URL:https://www.uacj.co.jp/
ミッションは「業績悪化に沈む社内を一新させる」
これまでの歩み
2012年8月 古河スカイと住友軽金属工業の経営統合を発表
2013年10月 株式会社UACJ発足
2018年6月 石原美幸社長就任
2020年2月 新しいUACJグループ理念を発表
2020年4月 「新しい風土をつくる部」の創設
2022年4月 「新しい風土をつくる部」にICが移管される
髙橋:全く社風の異なる2つの会社が1つになり、ICが担う課題は非常に難度が高かったと思います。まず浅香さんのこれまでのお仕事を教えていただけますか。
浅香:私はもともと住友軽金属(以後、住軽と表記)で役員秘書をしていたのですが、統合後、新会社の広報部門に移り、IC担当となりました。秘書とICの仕事は異なるようでいて、多くの人に接するという共通点があり、以前の経験が生かせることもよくあります。昨年4月には「新しい風土をつくる部」に移り、現在は5人の担当者と部長という7人体制で、そのうち兼務1名です。ICの担当は2名で、私自身も他部の兼務をしながら数々の施策を手がけています。
髙橋:実は弊社もLINEとの合併を発表したばかりで、まさしく御社の10年前と同じ状況にあります。当時の社内がどんな雰囲気だったか、ぜひ知りたいところです。
浅香:統合当初は「旧古河」と「旧住軽」の間に見えない壁があるように感じましたね。当社は製造業ですので、まず2社の工場の再編成に直面しましたが、限られた情報の中で現場の社員は不安だったと思います。統合後の上司が旧古河の人で、私自身もカルチャーショックを受けました。業務においては、双方の社内システムをしばらく併用したり、製造現場では安全確認のルールも違ったりと、融合までには時間がかかりましたね。社内がぎくしゃくするとさまざまな影響が出て、現社長の石原が就任した2018年は、特に業績が低迷していました。その時期にUACJの軸となる「新しい理念を構築して企業風土を変えていこう」というプロジェクトが発足し、新しい企業理念は2020年2月に発表されました。「新しい風土をつくる部」は、新しい理念の浸透を目的に創られたものです。それとともに社長がグループ会社を含めて全部門を回り、社員との理念対話会を開催するようになりました。これまでの3年間に約100回実施しています。
髙橋:そうした状況下で、ICPとしてどんな施策を手がけてこられたのでしょうか。
浅香:まずは、社内報をしっかりとつくることでした。最初は相互理解のために各地の工場や人を紹介し、基本的な情報を伝えるのがメインでしたね。現在はWeb社内報や動画作成にも力を入れ、今年4月にはラジオも始まりました。他にも従業員の家族向けのイベントなどを国内外で開催しています。
髙橋:いろいろなメディアを展開していらっしゃいますね。効果があるもの、あまりないものといった差は、ありますか?
浅香:ICは成果が出るまで時間がかかりますし、仮に一時的にWeb社内報へのアクセスが減ったとしても、継続していかないと。一つひとつの施策ではなく、メディアごとに役割を明確にして複合的に進めないとICは成り立ちませんからね。その分私たちの負荷も増えますが、どれも簡単にはやめられません全社員に到達するまで、終わりはないと思っています。
髙橋:リーチを伸ばすには多くのチャネルが必要ですが、仕事量との兼ね合いが難しいところですね。
メディアミックスによるICの取り組み
● 社内報(グループ報)『ALUMINIST』(アルミニスト)
統合後の第一の取り組みとして紙媒体の社内報を制作。2016年には英語版、その後タイ語版も制作。隔月発行で、考動につなげるために、読み応えのある内容を心がける。
業績が悪化した2018年には「事実を伝えるグループ報」として従業員の生の声を掲載した号を発行(のちに「社内報アワード2020」でグランプリ受賞)。
● Web社内報『ALUMINIST ONLINE』
当初は紙媒体に次ぐ位置付けだったが、2、3年前にリニューアルして本格的に展開。スタート時から注力していればもっと発信力を高められたという反省点も。リアルタイムのニュースを発信して紙媒体とすみ分け、社内報アワードへの応募も視野に入れる。
● 動画社内報『UACJチャンネル』
トップメッセージやイベントニュースを発信する媒体。
※その他
社内ラジオ(今年4月に開設)、社内掲示板、家族向けイベントなどの複合的な施策を展開し、相乗効果をねらう
本音を引き出し、気持ちをリセット。新理念の浸透へ
髙橋:社員の皆さんの反応は、どのような方法で計測していますか。
浅香:年に一回、ICとして実施しているアンケートや人事部門が全従業員に行うエンゲージメントサーベイを活用し、ICに関わる項目の結果を見て、次年度の施策につなげています。もちろん現場の社員と直接話すことも重要です。各拠点とつながり、情報やアドバイスをもらっています。
髙橋:業績が低迷した2018年には、従業員の本音をとり上げる企画を実施なさいました。これにはどんな背景があったのですか。
浅香:企画会議では、社内の空気を変えるためにできることは何か? を検討しました。ちょうどICアンケートの結果が出たところで、自由記述欄には「社内報を出す意味があるのか」「経費がいくらかかるのか」と厳しい言葉が並び、社員にたまった負の気持ちがぶつけられていると感じました。それを見た部長が「これを出すのもいいんじゃないか」とひと言発したのがきっかけです。皆が思っていることを一度吐き出す場を社内報でつくろうと。ただ、ストレートに伝えるのは刺々しいので、カエルのキャラクターを使ってユーモラスに伝える工夫をしました。
髙橋:かなり思い切りましたね! 社内の反応はいかがでしたか。
浅香:発行直後に株主総会があり、全役員と顔を合わせたときは緊張しました(笑)。が、真っ先に社長から「よかったよ」と声をかけられたので、ほっとしたことを覚えています。また、次のICアンケートでは一番高い評価を得ました。さらに「社内報アワード2020」ではグランプリを受賞することとなりました。もともと新しい理念の発表時期を見込んだ特集企画で、続く号では理念にベクトルを合わせようというメッセージを発信しています。単なるストレス発散に終わらないよう、未来につなげるストーリーを用意したのが功を奏したのだと思います。
新しい企業理念の誕生 (2020年)
〈企業理念〉
素材の力を引き出す技術で、持続可能で豊かな社会の実現に貢献する。
〈目指す姿〉
アルミニウムを究めて環境負荷を減らし、軽やかな世界へ。
〈価値観〉
相互の理解と尊重
誠実さと未来志向
好奇心と挑戦心
※現在の新しい風土をつくる部・部長が国内外の従業員の声や旧古河スカイ、旧住友軽金属で大事にしてきた考え方を基に作成
髙橋:先を見通しての取り組みだったからこそうまくいったのですね。そして、次は理念の浸透を図ることが新たなICの課題となったと。ICに対するトップの強い期待がうかがえます。
浅香:社内でICが重視され始めたのは、現社長が就任した時からです。社長がどの部署にもICを活用するように呼びかけ、あちこちからアプローチが来るようになりました。社内報にも毎号社長のエッセイを掲載していますが、私たちはほとんど原稿に手を入れません。こうしたトップの強力な後押しに応えるために、ICPとしても受け身ではなく相乗効果を生み出すことが使命と思っています。UACJの存在意義(パーパス)が明確になった理念が確立したことで『ALUMINIST』の意義がより明確になりました。たとえば『ALUMINIST』でも取材をしながら「それは理念の体現ですね」というと、相手が「そうか」と気付いてくれる。それも理念浸透策の一つです。
ここ3年のフェーズで初年度と最新のICアンケートを比べると、確実に理念浸透の効果が上がっており、ICで進めてきたことは間違いではなかったと実感できます。周囲には、「ICを社内の情報発信に、どんどん活用してください」と伝えています。
髙橋:「社長の期待に応えられるIC」「そんなICだから、経営層はもっと活用」という相互作用があるのでしょうね。「トップの理解がない」と悩むICPは多いですが、上司とのいい関係づくりについて、何かアドバイスはありますか。
浅香:結果を恐れず、まずは丁重にお願いしてみることですね。ダメなら引き下がればいいのだし、できなかったら別のステップに向かえばいい。私はそんなふうに思っています。
停滞からは何も生まれない
髙橋: ICの活動を通じて、他にどんな成果が得られたと感じていますか。
浅香:企業としては、「2社融合による生産性の向上」という目標を果たし、2021年度は売上・利益とも過去最高となりましたが、理念の浸透については短期での達成が難しい課題なので継続することが大切です。ただ、社員は自分ごととして理念を意識し、未来志向を取り入れ始めていると感じています。好奇心や挑戦心は誰もが持っていて、これまでは表に出なかっただけなんです。もちろん46拠点もあれば浸透の度合いはさまざまですが、空気感のいい現場が増えてきました。
髙橋:空気感がいいとは、具体的には――?
浅香:心理的安全性が確保され、お互いを尊重し合える職場です。うまくサイクルが回る部署は新しい提案を取り入れ、すべていい方向に進みます。一人ひとりが生き生きして、社内報の取材にも協力的です。
新しい風土をつくる部も、そうです。今の部長も「とりあえずやってみたら。任せるよ。」というのが口癖で、私自身も新しいコンテンツを増やしたことは「好奇心と挑戦心」という理念の体現です。これからもどんどん挑戦し続けたいし、社員には仕事をもっと楽しむ方法を伝えていきたいです。
髙橋:ICPとして理想の在り方だと思います。10年目の今は、どんな施策に取り組んでいらっしゃいますか。
浅香:理念浸透の1つのフェーズとして、周年企画に追われているところです。社史にフォトブック、社歌の制作、10月には全社員参加のイベントも予定しています。それと同時にサステナビリティの推進をテーマに施策を展開する予定です。すでに部長は、「10周年の区切りがついたら新しいフェーズだ」と意気込んでいて、社内報も停滞することなく、未来へ目を向けた特集を考えています。
髙橋:過去は振り返らず、未来へ目を向ける。潔いですね!
浅香:もちろん、日々の仕事の振り返りは大切ですが(笑)。社内報も中長期の目標とずれていないか、毎回確認しています。
髙橋:最後に、ICPとして、今後の抱負をお聞かせください。
浅香:変化が激しく先を読むのが難しい時代ですが、ICは世の中の状況を理解していないと絶対できない仕事です。もし、自社の動きが遅ければ、新しい情報を取り入れていく働きかけをするのも、ICPの大きな役目です。ただし、一方通行はNG。その匙加減を一度でも間違えれば、信頼回復に途方もない労力が必要となります。つらいこともたくさんありますが、その分やりがいも、充実感も得られるのが、ICPだと思います。
髙橋:世の中のICPの皆さんにも大いに励みとなる言葉だと思います。貴重なお話をたくさんお聞かせいただき、ありがとうございました。
〈取材後記〉
深掘りして分かった
「浅香さんの取り組み、ココがすごい!」
①いい流れは逃さずキャッチ
理解ある社長が就任されてICへ依頼がグッと増えた時、少人数の体制にも関わらず全て受け止め切ることで、全社のIC活用促進につなげた。
②逆転の発想でピンチをチャンスに
社内に溜まっていた負のエネルギーを、あえて吐き出させることで前向きなチャレンジに仕上げたミラクル。さらにそれで社員の支持も集め、次の未来につなげるストーリーに落とし込んだこともお見事。
③あらゆる場面を徹底活用
発信の時だけでなく、取材をしながらでも、相手が会社の理念に気づくような一言を投げ続けて、確実に社内にいい空気を広げてきた。それは過去最高の売上・利益を出せる現在の良い社内状況につながっている。
「新しい風土を作る部」が、新しい理念を根付かせる
[編集部Pick Up]