誤字脱字や事実誤認といったミスを見落としたまま社内報など広報媒体を世に出してしまうと、事によっては担当者個人の責任の範囲を超え、会社そのものへの信頼を損ねることにもなりかねません。そんな事態を水際で防ぐのが、校正・校閲の大事な役割です。
厳密には、校正は原稿チェック/校閲は文章内容チェックと、それぞれ違う工程ですが、社内報制作の中で両者の峻別を必要とするケースはまれと考え、ここでは広く「品質管理全般」ととらえます。
自動車の運転でよく言われる「“だろう運転”をせず、“かもしれない運転”を!」という心得は、制作上のミス防止に当たっても有効です。「筆者が確認を済ませた原稿を提出してくれているはず」「取材対象者ご本人が確認をしてOKを出されているのだから、もうどこにも問題はないだろう」などと、ついつい考えがちですが、これは楽観的に過ぎます。校正者たるもの、誌面の隅から隅まで区別なしに、「ミスがあるかも(必ずある!)」と疑いの目を向けるのが基本姿勢です。
敵を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず。そこで「校正」カテゴリー下で書き始める最初のテーマでは、「敵」たるミスを知り、「このへんにミスが潜んでいる!?」というセンサーを研ぎ澄ますことから始めてみましょう。
では、どんなミスが起こりうるでしょうか。試みにざっくり4つに分類して、1つずつ見ていきます。
[A]単純入力ミス
[B]語法・用法・敬語など知識不足の誤り
[C]事実誤認・不適切など
[D]体裁上の不備、用語不統一など
[A]単純入力ミス
いわゆる凡ミス、つまり誤字脱字衍(えん)字・誤変換の類い。同音異義語(例:以外/意外)、同訓異義語(例:耐える/堪える)、原稿の見間違い(例:すきやばし/すぎばやし)のほか、「ミスタイプで母音が重複」「修正時に削除し過ぎ」などなど、誰もが避けようのないヒューマンエラー各種のことです。
誤植史(?)に残る有名な誤植事例、「雪国はつらつ条例」を「雪国はつらいよ条例」と誤って掲載した中学の公民教科書の例もありました。
単純入力ミスは侮れません。というのも、人間の脳は、文脈から正しい文章を勝手に読み取ってファジーに認識できてしまうため、このタイプの「理由も文脈もない神出鬼没ミス」は、存外見つけづらいものなのです。ベテランが凡ミスに足をすくわれる現場を、これまで何度となく目撃しました。
例えば、以下をさらっと読んでみてください。
あるあさ グレールゴ・ザムザが きかがりな ゆかめら めざめとたき じんぶが ベッドのえうで いぴっきのきだょいな どむくしに かわっしてまって いのるに きづいた。
――どうでしょうか。ほぼ無茶苦茶なのに、割とさらりと読めてしまったのでは。
逆に、全体の99%以上が正しい誌面に、上記のような「無茶苦茶」がたった1つ潜んでいたとしたら、おざなりな素読みで見つけられるでしょうか。
これが、単純入力ミス(凡ミス)の怖さです。「凡ミス→神出鬼没→怖い!(疑おう!)」と、ぜひ記憶にとどめておいてください。
長くなってきましたので[B]から先は次以降に。引き続きお付き合いください。